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発病~確診まで
2006 / 08 / 05 ( Sat )
昔からよく私はお腹をこわしていたし、緊張するとお腹にくる方だった。

高校に入るとそれは少しひどくなって、
模試を受けると必ず具合が悪くなって途中で家に帰ってしまってた。
1時間目の授業はお腹が痛くならないかいつも不安だった。

夏はどんなに暑くても半袖1枚では過ごせなかった。
夏の暑い中、そよ風に吹かれるだけでも何だか寒気がして具合が悪くなってた。

それでも私は市販の整腸剤を「魔法の薬」として、高校生活を乗り切った。

…でも、乗り切れたのは授業だけだった。
というのも、私が発病したのは高校3年の1月末、ちょうど何とかセンター試験も終わって、
さぁ次は2次試験に向けて対策を…というところだったから。

ここからめっちゃ長いっっ!!

12月初めのある日、学校のトイレで、
私は自分の体が何だか普通ではないことに気付いた。

お腹が痛くてトイレに行ったと思うんだけど、
私たちが普通考えるような便は出なかった。
ただ、白っぽくて粘性のある「何か」がたくさん出た。

私はこのとき、
「きっといずれ病院に行かなくちゃならないだろうから、
このことをちゃんと覚えておこう」と思った。



次の記憶があるのは、もう1月のことなんだけど、
「白かった」ものがピンクになり、たちまち真っ赤な血が出るようになった。

これは病院に行かないと!!と思ったので母に相談してみた。

うまく説明できないのでぜひ見てもらいたかったけど、
うちのトイレは垂直落下なトイレ(水洗ではない)なので
見せることもできずにいた(見たくないだろうが(笑))

しかし運よく(?)真っ赤な血が便器の中についてて、
それを見た母はただ事ではないと思ったのか、
次の日病院に行ってみることになった。



高3の夏に行ったときには、
お腹が痛いのは便秘のせいだよといわれた病院。

今回はどうも違うみたいです。と心の中で思いつつ、
問診表を記入した。
「血便」というところにチェックを入れながら、
自分がここにチェックを入れるとは…と思っていた。

診察室に入って、よくあることだと思うんだけど、
初めは痔を疑われた。
実際に診察をしてもらって痔ではないとなって、
続けて指を突っ込まれた(Σヽ(゚Д゚; )ノ激痛い!!)

高校3年の乙女wには何だか…ちょっと…
いや、かなり衝撃的なことだったけど、
血がちょっと出てるねと言われた。

そこですぐ、先生は「潰瘍性大腸炎」を疑った。
うちの病院は総合病院なので、専門の先生というのはいなかったんだけど、
潰瘍性大腸炎(UC)じゃないかということが比較的早く言われたのでよかったと思う。

同じ病気を持つ患者さんの中には、
いろいろな病院を転々とした後ようやくUCだと言われた方や、
その間に悪化してしまう方も少なくないようなので、
まぁこれも運がよかったのかなと思う。

その日は次に内視鏡をするからということで説明を受けて、
検査に必要なものを売店で買って帰った。

私は好奇心の塊みたいなものなので、
検査前の食事のセットをみてわくわくしていたw




そして迎えた検査当日。


想像以上の検査食のまずさ・・・(;´Д`)ウウッ…
に腹痛とともにうなだれていた私だったが、
そこにはさらなる試練が待ちかまえていた・・・。

内視鏡検査といえば……下剤!!
祖母も内視鏡を経験したことがあったのでそのまずさは話に聞いていた。
飲み始めるときに看護師さんにも「ポカリとビニールとスイカが混ざったような
味がするけど頑張って飲んでね」と言われた。

冷やすと飲みやすいと書いてあったけど
外来で来ている私にそんなサービスはなく、
ぬるくて少しとろみがあって何だかしょっぱい…
そんな不気味なものを2ℓ飲んで腸をきれいにした後
検査に向かった。

初めてのことで私の腸が緊張しているのか何なのか、
カメラは思いのほかなかなか前に進まなかった。
ようやく大腸と小腸の境目まで来ると、
少しずつバックしながら腸の様子を見ていった。
モニターにはさっき待合室のポスターで見たような腸の世界が広がっていて、
私も人間だったんだな…と改めて思い(#゚Д゚)
終了後の説明を待った。


しかし終わった後、腸に残っているガスで痛くて動けない!!
麻酔としてぬったものはびちゃびちゃに広がっていて気持ち悪いし、
座って話なんか聞ける状態じゃなかった。

なのに看護師さんからは、
「トイレなんて後でいいから先に話を聞いてほしい」
というようなことを言われた。

いつもなら大人しく従う私だけど、このときはそんな余裕はなかった。
トイレ行かせろーと言わんばかりにというか言う暇もなく
トイレに駆け込んだ。


内視鏡の結果でも、組織の一部をとった検査からも、
これはUCだろうということだった。

生野菜とミルクは控えてと言われた。
その頃の私は生野菜と牛乳で生きているようなものだったので、
じゃあ何を食べろと??と思った。



こうして私はUC患者としてデビューしました(*´∀`)
このとき、日本では珍しい病気で、
良くなったり悪くなったりを繰り返して、治りづらい
とは言われたが、「難病」とか「完治はない」とかは言われなかった。
なので、一応配慮はあったのかな?と思う。

しかし「難病」ということが言われてないということは、
「特定疾患で医療費が…」ということも知らされなかったので、
その後半年間普通に3割お金を払っていた…。
ステロネマが出た日にゃ、薬剤師さんも驚きの2万を払ったヽ(`Д´)ノウワァァァン!

こんな私だけど、これ以来UCさんとは2年目のお付き合いになっています…。

これからもよろしくり*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*
14 : 22 : 38 | UC初期のまとめ | コメント(0) | page top↑
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