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2011年について②
2011 / 06 / 09 ( Thu )
私はまだいろいろと問題がたえないあの県に住んでおりまして、

避難はいらないけれど外出時はマスクをするし(そんなに厳重にはしていませんが)、

窓も開けられないし洗濯物も干せません(してる人も結構いますけどね)。





地震のあとの話をお送りします〓〓


地震のとき、私はアパートに一人でいました。東京インテリアにいこう♪と準備中。

前日行ったらちょっと前に閉まってしまったみたいでがっくり。。

明日出直そう、と思っていました。

着替える前に地震が。もともと地震が多いところだし、ここ何日か来ていたので初めはおさまるのを待ちました。

しかしおさまる気配がなく音も恐ろしいし、逃げた方が…いい??(・∀・;)と半袖チュニックのまま玄関へ。

外に出られる格好ではないので、玄関のドアをすこーし開けてみました。

目の前はブロック塀ですが崩れる様子はなく、向かいのアパートの室内で作業をするおじさんが1人。。

とにかく様子を伺っています。そのおじさんが冷静だったので、私もとにかく揺れがおさまるのを待ちました。

といっても長い長い(=_=;)もういいよ~(┰_┰)と半泣きです。
玄関にしがみついてるので立っていることはできますが、部屋の照明はぐわんぐわん振り回されてるし、
台所のものはがちゃんがちゃん音が出るし、窓辺の洗剤とか柔軟剤とかもバタバタ落ちました。
私はものすごい不安でお腹が痛くなりましたが、トイレなんて入れねぇ!!!!とガマン。。

ようやくおさまった後、アパートの強度が心配な私はとにかく荷物をまとめだしました。
1Fに住んでるのは私だけなので、私だけペシャンコは嫌!!!と思ったからです。
台所で違和感に気づくと、冷蔵庫がせり出していました。あとはぬいぐるみがダイブしたとか、被害はそれくらい(笑)


準備しようにも手足が震えているなか、とにかくジャージのズボンを履いてコートを着て、装具と薬を詰め込み、ぽんぽん玄関に放りました。

外に出て様子を見ると、アパート街なので家にいる人はみんな自分の玄関前に出て様子を伺っていました。

私はちょうど部屋の片付けをしていたので手元にラジオがありました。ラジオをつけて待機です。

本震のすぐあと、急にわんさか雪が降り出しました。もう最悪です。

何か他にも準備しようかなと家に入ろうとするとその度に揺れて、外にいるしかできなくなりました。

そのうちに同じアパートの住人さんが帰ってきたので、初対面でしたが話をしました。

女子学生さんだったので、後から来たお友達と3人で暗くなるまで一緒にいました。

暗くなると2人は学生さんの部屋に入っていきました。私は怖くて部屋に入れません。

6時も過ぎて暗くなってきた頃、斜め向かいのアパートの方が帰ってきました。

部屋に行きましたが入れなかったようで、車に戻ってきました。すると私を見つけて、
寒くないですか?車入っていていいですよ。と声をかけてくださいました。1、2個年上かな?くらいの女性でした。

またいろいろと話をしていると、また車が現れました。

その車の方は女性のお友達で、近くに住んでいるため様子を見に来たらしいのです。

その方は1度家に戻ってまた来てくれました。

私たちのアパート一体は停電になっていましたが、見渡すと停電になっていないところの方が多いのです。

その方も電気水問題ないからうちにきたら?と誘ってくださいました。

アパートの2人を残していくのが気になったので、2人もお願いして泊めていただくことにしました。

カップ麺を頂いて、暖かい部屋でテレビも見られて…

こんな環境は被災地にはなかなかなかったと思います。

津波の映像がずっと流れています。
緊急地震速報がずっとなっています。
ずっと揺れている床。うとうとして気持ち良くさえなってきました。


実はこの日在宅点滴の日だったのですが、こんな状況ではできるはずもなく、お休みしました。

この間はそれで脱水になったので、本当は怖かったのですが。。


朝になり私たちはアパートに戻りました。

ふらふら出歩くと、ポリ缶とか持った人がどんどん歩いていきます。
ついていくと、市役所の支所で水をもらっているようでした。
私たちは、水??いいか(゜Д゜)。って感じでそこを後にし、近くのパン屋さんがやっていたので感謝しながら買って帰りました。

そのあともスーパーに行ったり、コンビニをはしごしたり。

2日目は、一緒にいた学生さんが看護学部ということもあり、近くの医学部のお友達のところに泊めてもらいました。

将来はそういう場面にいるわけだからねーと思って点滴もさせてもらいました。
今日は断水でトイレも使えないので、大量に持ってきたビニールに全て捨てました。何重にもして漏れないように。
パウチについて来る袋が役に立つときが来ました(*´∀`)

3日目。まだ電気はつかないし水も出ない。。そんなとき父親から電話が。

仕事で県外に行っていたため、これから実家に戻るということでした。

私もアパートにいられないため、1度実家に戻ることにしました。

実家は電池で着火するストーブ(マッチとかでもできますが)や掘ごたつがあり、
ガスはプロパンでガス釜もあるし、風呂は薪だし、水も山に行けばいくらでもあります。

なので夜になると暗いこと以外得に不自由はありませんでした。

薬や点滴を処方してもらうときはこちらの病院までくるのですが、また実家に戻っていました。

地震から5日くらいで実家の方の電気はつきました。

家族はそこで初めてテレビを見ました。

お店は被害が大きくてやってないところが多かったです。

ガソリンもなかなか買えなくなりましたね。

そんなこんなな1週間でした。


つづく
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コメント
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アドバイスありがとうございます!!!!(*´∀`*)
ふぅぁさんがMかどうかはちょっと興味ありますが置いといてw
クローズしてからの方が大変そうな事も多いですし、
QOLが上がるかどうかはわからないですしね…
でも、また銭湯行っておもくそ湯船につかったり、
サウナにも入りたいんで頑張ります笑

体の調子も震災でも変わった環境に適応していくのは
上手くいくことばっかりじゃないですよね。(>_<)
多くの方が辛い思いを噛み締めて前を向いてるんやと思いますので
僕も頑張ろうと思います!

ふぅぁさんありがとうございます!ヽ( ´ ▽ ` )ノ

by: オズ * 2011/06/11 23:57 * URL [ 編集] | page top↑
--オズさん--

クローズすることに対して急に不安?になってましたが、お友達患者さん(消化器系ではない)に
ちょっと不安を漏らしたら、ふぅぁちゃんが血栓の心配がなくなって手術が成功して
下から排便できるようになりますようにって願ってるよ
と言われたので、なんだかちょっとクローズに前向きになりました。

ここ最近便意が四六時中あって、精神的なものなのか、、クローズ後を擬似体験しているみたいです

昨晩はピンポイントの腹痛と吐き気があって、キノコでイレウス!?!?と焦りました
食事も気をつけていかないと……ですね。。
by: ふぅぁ * 2011/06/12 07:23 * URL [ 編集] | page top↑
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