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入院2005年6月~7月
2006 / 08 / 11 ( Fri )
 私は外来に行ってそのまま入院となった(入院までをチェック!!)。
熱が下がらなくて本当にぐったりだったけど、「入院すればこの辛いのは治る」
とささやかな期待を持って入院を承諾した。

 しかし、入院しても3日ほどは私から言わせれば「放置」だった。

 それは、私の頭では「入院=点滴」という式が成り立っていて、
「回復」へと結びつくと考えていたから。ご飯も食べられない(食欲ゼロ)のに
カロナールと何か(忘れた)を飲まされるだけで、家にいる状況と何も変わらない入院生活に
不満は募っていった。(このとき以来カロナール嫌い。かろならんて…って思ってた(笑))

 病院はやっぱり携帯電話禁止なんだけど、私はそれ以外に大学の人たちと連絡を取り合う術が無かったから、メールで先生に連絡をしたりしてた。クラスの友達からもお見舞いメールをもらった。(1回先生に見つかった。「元気がなくてもメールはできるのか?( ̄ー ̄)」と言われた)

 月が新しくなって、7月。ようやく念願の点滴をしてもらえることになった。キタ━(゚∀゚)━!!!
しかし私の腕、血管が……いない。手の甲に点滴とか、普通だった。看護師さんは「ここは痛いからなー」とか言うけど、「腕に刺してうまくいかなくて中でぐりぐりされるよりよっぽど痛くないですけど??(゚Д゚ )ナニカ?」といつも思う。(私UCになる前1度だけ献血に行ったんだけど、針が刺さってるのに血が出てこない(血管に刺さってない?)という状況下に置かれ血圧低下で気分が悪くなったことがあった。それ以来採血系は気分が悪くなってたんだけど、この入院で慣れた(笑))

 そして、飲み薬も見慣れないヤツが紛れてた……。
1日8錠。ちっちゃい白いつぶ。早く飲み込まないと……( ´-`)†あーみん…。な味。名前を覚えて仲良くなろうとした。……なんて健気なっ。・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ヨチヨチ。看護師さんがこの薬についての説明を持ってきたのは夜になってから。(飲んじゃったじゃんよ!!ヽ(`Д´)ノヲラァ)しかも、ステロイドとかいう言葉はなくって(まぁあってもピンと来なかっただろうけど)副作用もネットとか調べて出てくるような単語の羅列はなくて(あったら恐怖で患者飲まないかもだけど(笑))説明ともいえない説明。納得してない治療の開始(笑)。

 しかしやっぱりステロイドの力、恐るべし|д゚;)!!あっという間に熱が下がった。
外来の主治医の先生と入院の主治医の先生は違う。基本来てくれるのは外来の先生だけど、研修医の先生がいたから入院の主治医は研修医を受け持ってる先生になったのかなと思ってる。まぁその外来のほうの先生は私の様子を見に来るたび、「ステロイドっぽくなってきたな」って言うの。私はいいことなのか良くないことなのかわかんなかったけど、それが何を意味してるか分かった今でも、いいのか悪いのかって微妙だなと思う。入院してる間は私には分からなかったけど、だんだんムーンになっていったようだ。ステロイドって言葉は知らなかったけど、飲むと顔がパンパンになる薬があるというのは知っていた。あぁ…そうなんだなと思いつつも、この病気とか治療法とかの知識が全くない私はただ示された治療を受け入れていくしかなかった。

 熱は下がったんだけど、風邪様の症状はなかなか改善されなかった。鼻水がとにかく出て、鼻づまりもある。気にして毎日鼻血がでる。喉が痛くて声が出ない。舌の下(この表現何でか理解されない…舌の裏じゃないんだよ!!)の柔いとこがすごく硬くなってて気になる。とかとか。変な症状がいっぱい。

 熱が下がると暇になった(笑)高校からの友達が来てくれて大笑いしたりオセロしたりした。入院中、特に食事の制限とかもなかったし(潰瘍食だったけど、特に病院から出るもの以外食べないようにとかなかった)。元気になると学校のことが心配になってきた。今授業は何をやってるんだろう?学生主体の授業もあって、その話し合いがどうなっているかも気になった。ドイツ語なんて何をやったらいいかわけわからないし……。でも一応学生なので、英語とドイツ語の勉強をすることにした。電子辞書を使って勉強してると主治医の先生が研修医の先生とやってきて、電子辞書にかなり興味を示していた。私は「病院というこんな狭く限られた場所で生きているから、こんな電子辞書が珍しいのね……(´;ω;`)ウッ…」なんて哀れんでみたりしてた(笑)

 入院して1週間とちょっとしたある日……「今週末外泊してきてもいいよ」と言われた。休日の、看護師さんが少なくて先生も回診に来ない病院は好きじゃなかったから、土日に1日家に帰ることにした。

 家ではまた自由奔放な食生活をしてきた(笑)腸の病気なんだから考えれば分かりそうなことだけど、細かい食事制限の話なんて聞いたことなかったからね。お昼にマック半分食べて夜はすしを食べた(笑)

 そして病院に帰ってきて月曜の朝、事は起こった……。入院のときに、私はおかゆは嫌いだからとご飯にしてもらったのに、何だかおかしい……( ̄¨ ̄)入れ物がなんか違う…。スプーンまでついてる……。ふたを開けたら……やっぱりおかゆだった(# ゚Д゚) ムッキー!!ちゃぶ台返ししたいくらい腹が立って(ソンナニ…!?)思わずそばにあったきゅうりの漬物(from売店)を食べた。1口2口食べたところでふと気づいた……。これって……検査前の食事!?

((((;゚Д゚)))ガクガクブルブルきゅうり食べちゃったジャン!!

 あとで看護師さんに聞いたら、「あら、先生言ってなかった?」とか言われて。薬のことといい、この病院は何でも事後報告ですか…。と思った。

 そして迎えた内視鏡検査。
昨日の朝のきゅうりはちゃんと流れたらしい( ´ー`)フゥー...(笑)1月に左側だけだった炎症は腸の真ん中くらいまで拡がってた。今回の内視鏡は入院の主治医の先生がやったんだけど、2回目だからか先生の腕か、痛みは前回より少なかったし、時間もそんなにかからなかった。入院の主治医の先生ってことは、もれなく研修医の先生もついてくるわけで…もう私は「あなたが立派な医者になるために私は身を尽くして何もかもささげます」的な心境になっていた。ふぅぁ19才…。

 検査が終わって1週間くらい、私はまたまた「放置」だった。でもじゃあもう退院していいよって言われると、心の準備がっ!!って2~3日余計に滞在してしまった。
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 私の初入院はざっとこんな感じだった。テストにも一応間に合ったし、なにより退院したあと筋肉が落ちて辛いのとプレドニンで辛いのとを除けば、こんなに楽だったんだ~!!と思った。(でもドイツ語の成績が出席足りなくて単位落とすすれすれだった。テストは98とったのに(#゚Д゚) プンスコ!)
 退院してからネットでUCについて調べるようになったんだけど、一般的に細か~い食事制限があったりだとか、入院する人は3ヶ月くらいの人が多かったりだとか、そんな話を目にして、自分は軽いほうなのかな?とか思ったり。まぁ好奇心旺盛なふぅぁにとってはとっても貴重な体験でした◎
 やっぱUC患者やってると入院なんて当たり前になるのかなーー??どうなんだろうか。今(2006年8月)は元気なほうなので実感がない。
 そういえばこの入院のとき初めて「特定疾患」ってやつを知って申請した。今回の内視鏡のときに、看護師さんに「まだ申請してなかったの?」って言われたんだけど、1月にUCだってなったとき、そのときの消化器科の先生は何も言わなかった…( ゚Д゚)ドルァ!!そう言ったら「あれ、先生言ってなかったのー?」って…この病院はこれで成り立ってるんだわ…と心に留めておいたり。
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